大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(う)1974号 判決

被告人 盛下則之

〔抄 録〕

所論に徴し、本件訴訟記録および原審において取調べた証拠を精査し、且つ当審における事実取調の結果に基づいて考察するに、原判決挙示の三沖ミヨの検察官および司法警察員に対する各供述調書、司法警察員作成の実況見分調書に被告人の原審公判廷における供述ならびに検察官および司法警察員に対する各供述調書を綜合すると、つぎの事実が認められる。

被告人は昭和四六年一月三〇日午後四時ころから勤務先会社近くの麻雀屋で同僚と共に麻雀をした後同日午後一〇時ころ一人で、それまで数回行つたことのある原判示飲食店「おふくろ」へ酒を飲みに立寄つた。比留間勝雄(以下単に比留間と記す)は、それより前、同日午後九時半ころから同店に来ていて、被告人が来店したときはすでに飲酒していた。被告人と比留間とは、それまで互に全く面識はなかつたが、同店が狭く、被告人の席と比留間の席とが近かつたためと、酒を飲んでいる者同志の気易さからか比留間は間もなく被告人に話しかけ、被告人もこれに応答するようになつた。比留間は、同店へ来る前に他で飲酒して来た模様で、被告人と話し始めたころにはかなり酔つてしまつているようであつた。被告人は、注文した酒を飲み終つたので、帰ろうとしたが、比留間からビールをすすめられたため、更に酒を一本注文して飲んでいるうち翌三一日午前一時ころになり、同店の経営者三沖ミヨから閉店ですよと声をかけられた。そこで、被告人は、帰宅しようとし、比留間に対しても原判示のように申し向けて、同人の帰宅を促したところ、同人から原判示のように悪態をつかれ、いきなり正面から着ていたコートの襟首を力強くつかまれ、出入口の近くの柱に押しつけられた。被告人は、たまたま出入口の戸が少し開いていて、同所から右襟首を力強くつかまれたまま、同店外に押し出されたため足を踏みはずして、同店前路上に比留間と共に倒れた。被告人は、すぐ起き上つて、両手で襟首をつかんでいる比留間の手を離し、同人を相手にしないで帰りかけたところ、比留間も起き上り、被告人を追いかけてきて、原判示八百屋「八百耕」附近路上において被告人の右肩をつかんだ。そのため被告人は、振向いたところ、比留間は、今度は被告人のコートの左襟をつかみ直したので、被告人も右手で同人の左胸あたりを押して、半身の姿勢で後ずさりしながら、少し身体を振つたりしたが、振り離すことができず、そのままの状態で五メートル先の原判示六郷一丁目三二番一号先附近路上までいつた。その間被告人は、比留間に対し手を離すようにいつたが、同人は、離さないで何ごとかわめいていた。被告人は、比留間の態度が余りにも執拗なので、多少いらいらする気持になつたと共に比留間の手を離そうと考え、同人に対し原判示のようにいいながら、左手はコートのポケツトへ入れたままで、右手で少し力をいれて同人の左肩あたりを押し、被告人の左肩を後方に引いたところ、比留間は、前記のように被告人の左襟をつかんでいたため、被告人を引つ張るような格好をして、くるつと廻つて、その場に仰向けに倒れ、被告人も尻餠をついた。

被告人の検察官および司法警察員に対する各供述調書中被告人が憤慨して比留間を力いつぱい突き飛ばしたとの部分は、被告人の原審公判廷における供述に照らし、容易に措信できない。

以上認定の事実関係のもとにおいては、被告人が右手で比留間の左肩を押した行為は、刑法第二〇八条にいう暴行に当ると解するのが相当であつて、これを暴行に当らないとなすが如き所論は採用できない。しかし、原判決が被告人が憤慨して右手で比留間の左肩あたりを一回突き飛ばしたと判示している点は、前段の認定に反し、事実を誤認したものであり、その誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかである。したがつてこの点についての論旨は、理由がある。

よつて本件控訴は、理由があるから、他の控訴趣意についての判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第三八二条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書の規定に従い本件について更に判決をすることとする。

本件公訴事実は、「被告人は、昭和四六年一月三一日午前一時ころ東京都大田区仲六郷一丁目三三番五号飲食店「おふくろ」(経営者三沖ミヨ)において、相客比留間勝雄(当三八才)に対し帰宅を促したところ、立腹した同人から胸倉をつかまれ、これを振切つて戸外へ出たが、同区仲六郷一丁目三二番一号八百屋「八百耕」前附近路上において再び同人が胸倉をつかんできたことに憤慨し、「ええかげんにせんか」等とどなりながら右手で同人の左肩附近を強く突き飛ばして、コンクリート路面に仰向けに転倒させて後頭部を強打させ、よつて同人を同年二月一日午後四時二五分ころ、同区仲六郷一丁目五六番一〇号横山病院において後頭部右側擦過打撲による硬脳膜外血腫等により死亡するに至らしめたものである」というのである。そして被告人が公訴事実記載の日時場所で、公訴事実記載のような事情にもとづいて、比留間に対しその左肩を右手で少し力を入れて押し暴行を加えたことは、これを認めることができる。けれども、比留間は先に認定したように、被告人が離してくれといつているのに、被告人のコートの左襟をつかんで約五メートルの間離さないでいたのであるから、その行為は、正に被告人に対する暴行であり、被告人はそのため身体の自由を妨げられていたのであつて、比留間の暴行は、これをもつて被告人に対する急迫不正な侵害であると見るのが相当である。被告人は、その比留間の手を離させるため少し力をいれて同人の左肩あたりを押したのであるから、その行為は明らかに被告人が自己の権利を防衛する目的に出たものと認められる。被告人が比留間の執拗な態度に多少いらいらした気持を持つていたことは、右認定を妨げるものではない。そして被告人の右防衛行為は、先に認定した事実関係に照らすと、その必要性および相当性の点においても許さるべき範囲を逸脱しているものではなく、自己の権利を防衛するために己むを得ない行為であつたということができる。したがつて被告人の右行為は、正当防衛に当るから、その行為が比留間の致死の結果を招いたと否とにかかわりなく、罪とならないことが明白である。

(三井 石崎 四ツ谷)

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